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生きもの扱う造園の考え方 造園近自然技術

第1章 造園近自然技術の発想

1.文明と環境(人と自然)

1)文明と環境の再認識(人と自然)

 梅原猛の「文明と環境」(NHK BSスペシャル 1995 )によれば、 メソポタミ文明(チグリス、ユーフラテス川流域 )、エジプト文明(ナイル川流域 )、インド文明(インダス川流域 )、 黄河文明(北中国、黄河流域 )の世界四大文明の共通の特徴は、大河流域であることの他には、小麦と牧畜による文明であるということです。 現在その地はすべて不毛の砂漠となっています。小麦と牧畜による文明は、森を伐り開いて木材を大量に消費しながら耕地を拡げ、滅亡の道をたどる文明でした。 小麦+牧畜という文明は、灌漑を必要としない森林収奪文明でした。

 近年、中国の揚子江下流で7000年前の河姆渡(かぼと)遺跡と4500年前の良渚(りょうしょ)遺跡という二つの古代稲作文明の都が発掘され、小麦+牧畜ではなく、 稲作都市が存在したことが注目されました。稲作主体の文明は、水を大切にするために、その源である森を大切に護る文明です。日本も本来は稲作文明の特質を備えているのです。 明治維新から始まる西欧文明、 「近代合理主義」の受容期を経て、第2次世界大戦による中断ののち、戦後復興期以後の開発主導の国策により、日本の近代化による 繁栄の時代を迎えます。

 経済成長が止まり、繁栄にかげりを見せ始めた現代、立ち止まって己や社会を見つめ直し始めた私達は、様々な忘れ物に気付き始めたようです。

 日本全国の絶滅の恐れがある生物の種をリストアップした「レッドデータブック」が発表され、さらに、その地方版も続々作成されつつあります。 また、生態学が見直され、地球環境時代に対応した再自然化の動きが、各省庁の間にも起こっています。

日本の再自然化の構成
省 庁 構 想
建設省
 ■都市局 ■河川局
エコシティー 循環型都市
多自然型川づくり
日本道路公団 エコロード 環境にやさしい道路
高福祉型道路
運輸省
 ■港湾局
エコポート 環境共生港湾
農林水産省 分散村落型地域社会
自然調和型社会

 最近の産業廃棄物処理場問題やゴミ問題、エネルギー問題、リサイクル問題などは、日本の都市生活問題が、 もはやその場しのぎの対策では解決し得ない段階にあることを示しています。私達造園技術者は、その認識に立ったうえで、どんな視点に立って、何をすれば良いのでしょうか。

 そのような疑問に対して、ひとつの突破口を示すべく、「造園近自然技術」を提言してみました。

2)造園近自然技術とは

A.造園近自然技術

 生物多様性と用と美を備えた空間、あるいは、用、景、興(生物)の空間という目標を実現するためには、様々な概念、技術で支えていくことが必要です。自然(nature)を 英和辞典で引くと、第1番目には、本質、本性、天性、性質、特質、性向、性癖、気質とあり、2が(ofを前に置いて)種類、3が、自然、自然界、物質界、全宇宙、 全世界となっています。近自然とは、本質そのものではないが、本質に近い、云いかえれば、ビオトープそのものではなくても、ビオトープに近いものと云えます。見た目に美しく、 不快な生き物を制御した、快適なビオトープと考えて良いでしょう。

 造園近自然技術の目的とは、人間と自然の接点となる場を、生物多様性に負荷を与えないように作ることです。自然と折り合いをつけながらも、 人間にとっての「快適さ」「美」を付加するところに大きな特徴があります。なお、生命を感じる空間、生命を感じる施設であることが必要条件です。

B.伝統と近代工法

 コンクリートや化学物質を主な材料とする近代工法の歴史は、まだ 100年ほどしかありません。造園、土木、建築という便宜的技術区分も、この間に定着していきました。 しかし、石、木、土を主な材料とする伝統工法の歴史は、2千年以上、縄文時代を含めれば、1万年以上の歴史があります。コンクリートの橋や建築物の耐用年数は存外短く、 既に数10年で更新の必要が生じている例も多いのです。一方、最古の木造建築である法隆寺は2千年近くを経てなお健在です。石構造物(石積、石組、支石墓、礎石等)や土構造物(古墳、堀等)についても、 補修を行えば、原形を復元することができる事は、多くの史跡整備の例でも明らかです。

 例えば、日本庭園に目を転じてみましょう。近代工法では、池、流れ、石積、園路を、コンクリートでガチガチに固めてしまいます。伝統工法では、池、流れは粘性土で防水するので、 底も護岸も植物や小生物の生息場所になります。石積は空積ですから、目地のすき間は、植物や小生物に生息場所を提供するのです。園路は、ベースは土ですから、雨水は浸透し、 生物にとっても人間にとっても優しい感触をもたらします。

C.対象領域
 ドイツに於けるビオトープの定義は「完全に野生生物の利益のみを想定したもので、人間の利用面は考えない」としています。この定義をあてはめると、ホタルやトンボ等の単一生物を対象としたものは、 ビオトープとは云えません。大規模な開発による生物への影響を緩和されるためのミティゲーションも、ビオトープとはかけ離れたものが多いとも云えるでしょう。しかし、ビオトープと造園技術を結びつける概念を、 私達はすでにもっていることを知らねばなりません。 自然と人為について分類すると、次の5つに分けられます。

 (1) 自然をそのまま放置し、人為を加えない。又は部分的に保全処理を施す。
 (2) 自然の一部を慎重に利用し、自然を壊さぬまま自然観察、リクリエーション等に供する。
 (3) 自然の存続条件を人為的に補足する。
 (4) 人為的に自然に近い環境を作り出す。
 (5) 生物を自然界から分離して育成する。

「応用生態工学」によれば、

生物の生存・繁殖に不適切な条件または不十分な条件を人為的に補足する。

 この行為は、別な言葉で言えばミティゲーションである。ミティゲーションと は、開発に伴う環境の被害を極力減少させ〈reduce〉、 損なった環境を復元し 〈repair〉、それらが不十分な場合にはその場所または他の場所に新しい環境を再 生、創造し〈replace〉、 トータルとして見た環境への影響をゼロにしていこうとする考え方」と定義される(竹林、1995)。 この意味で、応用生態工学の対象領域は、生態系を対象とするミティゲーションの領域であると言うこともできる、 としています。しかし、造園近自然技術は、ミティゲーションだけではなく、(1)(2)(3)(4)を対象とします。

 また、通常(5)の分野も造園技術がカバーしており、動物園、植物園、温室等の事例も多いのです。その技術が(4)にいかされることも補足しておきたいと思います。また、専らミティゲーションを目的とする応用生態工学とは異なり、 幅広い領域を対象とすることが特徴です。このように、領域論的には既に造園技術は、造園近自然技術をカバーしている事を自覚しても良いのではないでしょうか。しかし、これまでの事例を眺めてみると、計画の設定目標、 部分的でありすぎたり、対象生物が限定的であったり、不十分なものが多いことも否めません。そこで必要となるのが、明確な計画目標の設定と事後調査とリンクした評価手法です。事業の目標、位置づけを心得てやっているか、 追跡調査の重要性を自覚し、実行しているか。これまでの実例を検証してみると、この2点が不十分であることが多いのです。

 古来の日本庭園や明治神宮に代表される社杜林などは、ビオトープを意識したものではありませんが、ビオトープに近い、生命を感じることのできる空間となっています。このように、新しい概念や技術を導入するまでもなく、 既に手にいれている概念や技術の範囲でも、しっかりした自覚と手法を踏まえれば、充分に対応できるのです。ただし生物に対する知識、生物の棲息環境を作りだす手法等に関しては、生物学、生態学の分野と手を結んでいくことが必要です。 また、住民、市民との意見交換の場も必要となってきます。このような、意識とシステムの改革に努め、頻多をいとわないことが、造園近自然技術の適用に当たっての心構えとなります。

造園近自然技術の位置づけ
造園近自然技術の位置づけ
造園近自然技術を支える関連諸分野
造園近自然技術を支える関連諸分野
応用生態工学、応用生態学との対比を例にして造園近自然技術の位置
応用生態工学、応用生態学との対比を例にして造園近自然技術の位置
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